農業と経済

日経スタイル

日経新聞が7日の日曜日に「日経スタイル」と称して農業を3ページにわたって特集している。
大変珍しい「現象」だ!
確実にコロナの影響がでている気がする。

経済紙が農業を経済(おカネの動きのキーポイントになる)と見ている証拠だ!日経スタイル

町が国を動かし三宅町を創る

三宅町役場

井堰の補修の件。
補修が終わる頃、別の役員が駆け付けてくれた。
役をする方は現場を知らないと判断を誤る。
「現場に答え有り」、「現地主義」でありたい。
トップダウン出なくボトムアップで 「町が国を動かし三宅町を創る」とはそういう意味で使っている。
課題先進町から「課題解決型先進町」へ 全国のモデルとなる志で!

地の利、人の利が活かせているのか?

一昨日、ある県外の団体の副理事長さんから久し振りに電話があった。
世界かんがい遺産に選ばれたところであるプロジェクトを仕組んでいた件で。
うまくいかなかったようだ。
私的には人による要素が大きいととらえている。
三宅町もそうだ。
中山間地ならともかく何故奈良盆地のど真ん中でポツンと過疎に

「地の利、人の利」があるが、そこに住む人がすべきことをしてこなかったからだと思っている。
勿論、小さな町だから局所的なこと、あるいはリバウンド(人口が増えすぎた反動)という見方もあるが、大半はそうではないと思う。
つまり、人、行政、政策が原因。

三宅町の財務状況をつまびらかに中長期的にどうなってきたのか開示する必要がある。
さもなくば住民は錯覚する。又は、惑う。
 小さい財布なので変動に短期現象をみていては駄目。マクロ経済的な発想が必要。
 丁度、米の需給バランスと同じ。余っているとか足りないと言っても800万トン消費している内の十数万トンの話。
つまり住民を惑わさない中長期的な視点が必要

三宅から世界へ

三宅町の集落は何故大きいか?
貝ボタンとか家内工業が発達していたからとある県外の著名な方がおっしゃてた。

また、屯倉(みやけ)という言葉は知識人の間ではかなり全国的にも有名!
かつてアジアや南米で道の駅一村一品、貧困緩和のツーステップローンのプロジェクトを進めた。
地場産業の育成は極めて重要。この分野でも点を線に 線を面に 面を拡げ、海外マーケットとも勝負したいものだ。

霞ヶ関の知見を町造りに生かす

治水については、国県とかでも委員になっているトップレベルの方や国土交通省の知見を三宅町に生かす!
地方自治については総務省のプロに三宅町の財政アドバイザーになってもらう!
農業の高度化についてもしかり。
霞ヶ関の知見を町造りに生かす

空き家、悪平等とアミーゴ

旧村でも空き家が多くなってきた。
その反面、郊外ではアパートが立つ。
三宅町外では仕事があり、スーパーもでき、学校もありそこそこ便利ということを意味してるのではないだろうか!

だとすると何が足りないのか?

ひとつはコミュニティに問題があるのかも
 「ごたがいさん」という意識が急速に薄れているような気がする。
そして意見をいう者を煙たがる風潮があるのかも知れない。
寛容とか包摂とか薄れているのかも知れない。
障害者も含めて弱者や少数意見を大事にしてこそ成熟した民主主義!
中進国のように「悪平等」ではいけないが、また「(友達になれば何でも許す)アミーゴ」の世界でもいけない。

精神性でも成熟した三宅町になって欲しいものだ。
分断は良くない
小さい町で争いは良くない。誰も得しない。他から誰も良くしに来てくれない。
自ら助くる者を助く。
歴史を踏まえ、歴史を紡ぎ、三宅町を創るべき時が来ていると感じる

子供・若い世代に対する政策

子供に対する政策は惜しみ無く進めるべきだと昔から思っている。
若い世代に対する投資もだ。
都市農村交流や海外との姉妹都市交流も。
そしてギブアンドテイクの関係で刺激を受け、町の応援団を増やしていくこと。
場合によっては(町に還元することを条件に)海外留学も支援する。
アフリカでは留学したら母国に戻らないことが多かったが、チーター(母国に戻り国造りに貢献)と言われる人も出てきて久しいと聞く

三宅町職員

三宅町役場

これまで経緯があってのことだと思うが、三宅町職員の町在住者の割合があまりにも少ない(二割程度と聞くが)。
これでは気合いを入れて町を良くしようとはならないのでは?
日本の国家公務員の大半がアメリカ人だとしたらどうなる?
関係人口、交流人口という概念があるにしても。

情報公開、契約関係、入札監視委員会

三宅町役場

とことん動き、とことん聞き、とことん住民に伝えることが重要
そして笑顔のこぼれる町造りそのために捨て身で
町の契約関係の見直しも必要。今のままでは談合が起きやすいし、成果物の品質も保たれない!
そのためにも「入札監視委員会」が必要

点から線へ線から面へ

最近、急激に新顔の若い方が田園を行き交う。
散歩や運動、新型コロナの影響だが。
まさしく田んぼの多面的機能の恩恵を受けている。

風格(品格)ある町造りとして、町全体を「田園ミュージアム」ととらえ整備することも必要!
古墳群、あざさのビオトープ、親水ため池、恋人の聖地等々 点から線へ 線から面へ

三宅の農業を考えざるをえない

住民パワーを背景に、近鉄、田原本と交渉、調整し、近鉄田原本線の踏切の拡幅をしたいものだ。100年前田畑は鉄道で分断され不便極まりない。

一昨日、朝6時前に農家の方から叩き起こされた。
田んぼの水位が上がって苗が沈むと。
駆けつけると原因は水路の堰が機能していなかった。
担当の方が通りかかったので一緒に修繕しようと言ったが「知らん顔」。
今補修しないと傷口は大きくなり上下流皆困るので一人でした。
こんな農業をやっていては皆が首を閉めあっているようなもの!

昔は、私財をなげうって公共的な事業をなされた方も全国にはたくさんいる。
スマート農業の時代に程遠い話。

昨日、町から農地に関するアンケートがきたが、はなはだ能天気な内容で、しかも極めて個人情報の内容を含むにも関わらず、その取り扱いについての記載がないので提出しないこととする。
これをもとに町の農政が動くとすると恐ろしい。
何故なら所有者は土地持ち非農家も多く農業がわかっておらず、こうしたら労働生産性があがるから後継者ができるなんて考えてない、つまり、町がリーダーシップを取らないと!

複合施設について

三宅町役場

「あるかもカフェ」とトーンを弱めて扇動し、今も「かも(if)」という言葉を使っているが、気が付いたらいつの間にか身の丈に合わず将来に負担となる施設ができかねない。
一旦立ち止まって総合的な検証が必要!

ダム廃止法案作成に携わった者として、複合施設は一旦冷静に検証すべきと考えます。
必要性、内容、場所、レガシィ(使わなくなった施設)の活用他、
その予算を老朽化するインフラ整備やきめ細やかな住民の要望に振り向けるべき。

情報公開と議会と複合施設

三宅町役場

議会の透明化が必要。
町でなにが起こっているのか議員の活動報告をみないとわからないようでは駄目

数ヶ月経たないと本会議の議事録ができないなんてあり得ない。
各議員が町(自治会のではなく)の代表としてどのような活動をしているのか、理事者側はどのような表情で説明答弁しているのか、議会の様子をリアルタイムで知る必要が住民にはあるのではないか。

さもなくば、僅か40億円足らずの一般会計の歳入しかないのに10数億のプロジェクトが選挙を一度も経ずいつの間にか生まれるのである
(仲間では議論したのでしょうが)

三宅町が全国のモデルになる

近隣町を引っ張っていくどころか全国のモデルを!

合併させてもらえなかったことは大いなるアドバンテージ!
何故なら、合併特例債につられてしたところは行政サービスが遠くなったと嘆いている市町村が少なからずあります。

話は戻りますが、複合施設について過疎債につられて判断は惑わされる必要はない。

治水(水について)

奈良県では「総合治水計画」が進められています
遊水池の計画もあります。

かつて奈良盆地には沢山ため池があり吉野川分水とともに激減しましたがそれでも600を越えます。
三宅町にも4箇所ほどあります。
もし遊水池を造るなら農業用水の調整池を兼ねることも考えられます。
そうすれば欲しいときに水がくるようになり、パイプラインも視野に入り「半需要主導型」の水管理体制ができます。

吉野川分水の掛け金は年間反5200円ですが、私が関与したところでは、地域資源(小水力又は、太陽光発電)を生かして、ひねれば水が出るシステムでもかなり低くなってます。