三宅町の大字名とポストコロナとコウノトリ

三宅町には、石見、三河、但馬と旧国名の大字がある。昔そちらから片道切符で大仏造りなど使役にきて住み着いたとか、但馬は但馬信助という豪族がいたとか諸説がある。因みに豊岡市の但馬ではコウノトリの復活が取り組まれ今では全国のあちこちで見られるようになっている。もしかしたら、三宅町にも似た鳥を見かけるので飛来しているのかも知れない。今、田んぼでは悪さをするジャンボタニシやタウナギの大発生で農家は昔のように劇薬も使えず困っている。これらもコウノトリは食べるらしい。豊岡市と姉妹提携して私が掲げたが「田園ミュージアム構想」の「風格(品格)ある町づくり」の一貫として取り組むことも考えられるが、こんなこと考えてるのは私だけだろう。豊岡市のコウノトリ米はプレミアムがついている。ポストコロナの若者に魅力ある地方への分散を意識したことに微力ながら取り組もう。関係人口、交流人口を増やすために!

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